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2009年06月18日

《山岡けんじ 細心大胆コラム》
 臓器移植法案について

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本日のテーマ:臓器移植法案について

◆国対の申し合わせ
 今日の法案の採決は、色々な意味において歴史的エポックといえます。ながい間話題にはあがっていながら、具体的な審議や採決が先送りされていたものに対する結論を得たということの意味は大きいと思います。
 自民党の大島国対委員長と私の国対協議で、「政治としての、また政治家としての責任を回避していることは許されない、今国会中に一定の結論を得るよう最大限の努力をしよう」という申し合わせの上で実現されたものです。

◆審議日程
 さわさりながら、この問題は他の政策法案と違って、人それぞれの人生観・生命観・哲学や宗教上の信念等々が最大限尊重されなければならないものであり、党議拘束になじまないものです。更には、各法案(A・B・C・D)に対する各々の理解と、十分な審議時間をとることが不可欠です。当初は、与党側は16日の採決を要求してまいりましたが、16日は討論として、協議を更に続けた上で、23日に採決をするよう主張しました。
 しかし、23日は議長や副議長が沖縄の記念行事に出席で不在になるということなので、参議院での審議時間の確保ということも考慮して、18日の採決に応じたものです。
 
◆実際の審議
 実際の審議はかなり重たいものであり、誰もが結論を出すことには躊躇があったと思います。最大のテーマは臓器を提供する場合に限ろうと、そうでない場合であっても、脳死を人の死と認めるかどうかということです。

◆自問自答
 「手を握れば温かい、息もしているし心臓も動いている、すやすや眠っているような顔のこの子が死んだというのか」・・・・・わが子のことであったら果たして自分自身死と認めることが出来るのだろうか・・・・・


◆母親の死
 義父の山岡荘八は昭和53年9月ガンで71年の生涯をとじました。母はその後を追うように翌54年の9月に同じくガンで亡くなりました。
 私がいうのもなんですが、母はなかなかの美人でした。お見舞いの方々が沢山かけつけてくれましたが、母は面会をかたくなに遠慮いたしました。「ケンジさん、後生だから替わりに会って宜しく言ってちょうだい」と。「ケンジ君、君より俺の方がお母さんとの付き合いは長いんだ、一目会わせろ!」と怒気迫る勢いで詰め寄られることもしばしばでした。
 そして、脳死。点滴だけで何ヶ月も生き続けた母にもし意識があったら、母の性格からして耐え難い日々ではなかったのかと思えてなりません。一日でもながく生き続けていて欲しい、母のために、と思っていたのですが、実は自分達のために、もしかすると養子である自分の名誉のためにそう思っていたのではないだろうかと、後日自問自答し続けました。

◆家族への伝言―A案への結論
 私は常々女房や子供達にあっけらかんと言っております。「もし俺が脳死になったら、速やかに天国に行かせてくれな。今のうちに頼んでおくから」と。母親の思いをおもんぱかりながら。

投稿者 kenyuu : 2009年06月18日 21:47